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ぺんたぐらむ




行動は猫、想像は鼠。
そんなようなことを綴っていたのは、誰だったか、しっている?


数日前、狭い路地を自転車でいこうとしているとき、大きなトラックが前をゆっくりと進みつつ道を陣取っていた。手前にはぐずぐずと数台数名の自転車人々、わたしはとても先を急いでいて、隙間をすり抜けるようにトラック自転車人々を通り過ぎた。そのとき、過去に読んだことのある冒頭に記した文章が頭に蘇ってきたのだ。

だから何、という訳ではないのだけれど、想像が行動をこえた、という話。そんなことは日常にありふれている。



今年に入ってはじめて、おさけをのまなかった、ふたつまえの1日。きのうはなんだか内臓の動きがくっきりしていて、きょうものまないかなあ、なんて考えていたけれど、刺客の神様がご馳走してくれたりして、あっというまによっぱらってしまった。やっぱり、たまには肝臓を休ませてあげようとおもう。


わたしが嫌悪するのは、見て見ぬ振り、というやつで、そういうものは世に溢れかえっているきがする。まあだいじょうぶだろう、だれかがやるだろう、じぶんはしらない、どうせだれもきづいてないでしょ、-----、そういうことは、ものすごくきもちわるい。視線や温度で、きづいてしまったりすることが、どうにもならなくて、しんどい。きづかなければ、いいのにとおもう。
ちょうど2週間前、泥酔して眠りこけ、椅子に座ったまま後ろにひっくり返ったらしいけれど、まったく憶えていない。頭を打ってた、とか、死んだかとおもった、とか、激おこで帰ってったよ、とか、周りから色々聞かされ、平謝りの日々だったけれど、心のどこかではどうせなら脳みその半分くらいはみ出ちゃってればよかったなあ、とか思ってたりして。それにしても、ずっとお尻が痛い。桃かモナカかライザップ。未だ反省中。



きょうとあしたと連休で、なんにも予定を決めていない。めずらしい。カメラでも引っ掛けて、自転車でどこかに行こうかとおもう。写真を撮るのはすきだ、そしてわたしはずっと、動くものに魅了されている、のだといまおもった。

そういえばゆうべ、よくしっているひとのドッペルゲンガーをみた。ちらちらみていたら視線が合って、心臓がすごく、どきどきした。


恋人の寝息がすうすう、ここちよく耳にきこえてくる。どんな夢をみてるんだろうか。亀もすうすう、甲羅の中。


Happy Sunday morning ,