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フラッパー




おなかへった。

どうしておなかはなるんだろ、と、いつもふしぎにおもう。生物学的に、ということじゃなくて、

どうしておなかはなるんだろ。

だれかにきいてみよう。



いろんなことがあって、いろんなことがあった、きっとこれからも、あるんだとおもう、ぐるぐる。まあ、だいじょうぶだとおもう。刺激は、麻痺していくのかもしれない、もっと、もっと、ってなって、よくばりだなあって。だけどひとつひとつ、ちがうから、くらべることはないんだ、たぶんね。矛盾してる?たぶんね。



ここしばらく、ビリヤニを食べることがよくある。というのも、わたしがビリヤニビリヤニ騒いだりしているから、そうしてビリヤニの乱が。ちょっと前は、カレー祭り、ラーズーチー騒動、んんん、しあわせ。つぎはなんだろ、と想像しつつ、頭の中はビリヤニまみれ。だれも村八分にはしないぞ、なあ、食材くんたちよ。いつもありがと。



けっこう、重大な決断をした。

きめた、というより、きまってた、のだと口にした瞬間にわかった。ごにょごにょ、あるけれど、わたしはわたしにただしいとおもうことをやっていたい。それは外界に対しても。フィルターは何色か、それは重要かもしれないけれど、あるひとつのスパイスのようなものだとおもう。やるだけ。やりつづける。やるんだ。



へんなこと、おもいついちゃって、それから、穴を探してる。歩きながら、自転車に乗りながら、探してる。

いい穴、ないかな。



つづいていくこと、って、なんか、すごい。かさなっていって、いまだに、ソワソワする。バウムクーヘンは、喉がつまるから、そんなに得意じゃないけど、そんな、かんじ。色とりどりの、マイバウムクーヘンライフ。




ハロー、ごきげんいかが?