チーズのプール


夜が、ずっとすきだった。

朝なんてこなければいいと心底おもった日はどれだけあっただろうか。


太陽のひかりを浴びすぎると、体が重たく怠くなることにきづいて、長年で築いていたこの体質をうらめしくおもっているさいきん。外に出るのはすきだからどうにかしたい。


いま、自らの計算の甘さや惰性や詰めの弱さのおかげで、ぎりぎりのところにいる。あーやっちまったな、と、ついに笑えたりもするくらいで、笑ってる場合じゃないのよ、と、更にわたしが言う。そうなのよ、わかっているけど、わかっているから、笑いながら踏ん張るときなのだよ、と。くらいままだとカビはえちゃうかもよ、って。



きょうはげんきがなくて、はじめたばかりの仕事を休もうとした。けど、いちどあまえたぶぶんは、ゆるゆるゆるんでいくだろうとおもって、体調絶不調でも仕事を休んだりしないひとを見習って、よっしゃと玄関を出たのだった。あたらしい職場では、まだ緊張しているけど、たのしくて、いろいろおしえてもらっていて、おぼえたいことがあって。やりかたってたくさんあるんだなって何度もおどろく。


ねむっておきたときだったり、外に出掛けて家に帰ってきたとき、ねこと亀がげんきそうにしてると、うれしい。ただそれだけのことだけど、それってすごいことだなとおもって。いのちはいっしゅんだから。わたしは単純過ぎるのかもしれないけど。



ひとりで考えても仕方の無いことは、できるだけ考えずにそっと置くことにした。モーゼもびっくりなくらい、ひとつのことばかり考えすぎて海も割れそうウワーってなるから。罪の無い魚も干からびる。



電車に揺られていたら、ともだちのうたが耳にながれてきて、なきそうになってイヤフォンを外した。いいうた。

ぼろぼろになった靴を捨てて、ピンヒールを履いたら、きもちがしゃんとした。たいせつなものってそんなにない、けどあるから、うれしい。



窓の外で近所の子供が泣き叫んでる午前3時過ぎ。恋人の虫歯がはやくなおればいいなとおもってる。