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3m


期待などしない

酩酊して発せられたことばなんて

二度と



酩酊故?それすら要らない

しないほうがいい

馬鹿馬鹿しい  遂に


時がくれば

窓を開けて さようなら



だって  わたしも無理だもの






たまごがひとつ。

ここに重力は無いようだ。

遠近感もつかめない。

両手で包んでいたはずなのに。

かたいかやわらかいか、

うすいかぶあついのか、

手触りもわからない。


「 冷静に、」

耳元で誰かがささやく、

よくしっている声だ。

そう、冷静に。



たまごがひとつ。

中身は?

からっぽかもしれない。

可愛らしい雛が眠ってるかも。

それとも、角をはやした緑色のあいつが、潜んでいるのかも。鋭い角の先で殻の内側からちいさな穴をあけて、真っ黒い目でこちらをみているのかも、息をころして。



踏み潰そうか、思いきり。



「 ねえ、聞こえてる?」

うん、よく聞こえてるよ。





シトロン





自分が固執していた価値観みたいな部分が、ぐるっと変化した。こびりついてはなれなかった欲求が、ぺりっと剥がれたような感覚で、すごくふしぎだ。だけど、だから、ほんとうになんでもできる気がしている。ちょっとだけさみしくて、うれしい。きているものを、ぜんぶ、脱ぎたいようなきもち。



バスクのひつじ




まいにち、おもうことがある。まいにち、おもうひとがいる。まいにち、することがあって、まいにち、どうにかいきている。きょうのスパイスは、鯨の声と、アルコール。



お元気ですか?

わたしは、元気とかそうじゃないとか、どちらともいえないのだけど、だいたい、だいじょうぶ。

箱の中からでてこない亡霊は、シュレディンガー疑惑をかけられているところ。遠隔操作、幽体離脱、エクトプラズム、髪の毛と爪、水中実験。



肉体に纏っている目にはみえないものって、海の満ち引きみたいに、いつのまにか変化している。あれ、ここどこだっけ、って、とつぜんおもったりして、まあやるしかないな、なんて、諦めにも似ているふうな心持ちで、ふらふら、歩を進めたりして。





朝から雨が、降り続いてる。

夢の中でも、降っていた。待ち人のこないまま走り出したタクシー、同級生たちのまだらな声、訪れた夜はこれからだったのにと目がさめておもった。


さっき洗濯をしようと、カゴから服をぽいぽい取り出していたら、恋人の靴下が発酵していて、ひとり顔をゆがめてわらってしまった。チーズも、とびきりくさいのが、すきだなとおもって。いきているにおい。




数日前、万華鏡みたいなひとに出逢った。するする、じぶんの口からことばがでてきて、ふしぎだった。すごく、うれしい。


遊び道具を手にいれてしまったわたしは、今にもお湯が沸きそうなきぶんです。たのしみなことが、いくつもあるんだ。春は、まだかな。




ち にく ほね




二月二十八日、

コマドリの四回忌だった。

友人と、献杯しようということになり、夜になってから電車に乗り込んだ。川崎という街には、なかなか馴れない。どうしてか、わからないけど。


九回裏、というお店に連れていってもらった。カウンターだけのこじんまりした店内だけれど、静かな活気があるように感じて、居心地がよかった。ハイネケン、ではないビールで乾杯して、いろいろなことを話した。


時間が経って、気づくことがある。知らなかったことを知って笑えるのも、いまだからなのかもしれないとおもって、鼻の奥がツンとした。


「 変わらないね、」と友人がぽつり口にして「 変わらない?」とわたしが問うた、そのあとはどんな話をしたっけ、青汁ハイを呑んで、玉子焼きとアスパラをつまんで、泥亀という焼酎を呑んで、



コマドリが死んで、わたしは自分のせいだとおもった。いまもおもっているふしがあって、できるだけすべてを忘れないでいようとおもいつづけている。責める、のではなくて。気づかされたことを、わたしはわたしの意思でちからで、ちゃんと持っていたい。

あるものはある。ないものはない。ゆめならいくらでもみればいい。よごれたら、きれいにすればいい。



三大欲求があるうちに、生活をしゃんとしよう、そうおもっています。

パズルはまだまだ完成しないし、山あり谷あり、曲り角で狼でてくるし、かわせば落とし穴、撃たないピストル構えられても困っちゃうし、ってわたしも構えてんじゃん機関銃、射程距離遠すぎてムリ、いやいけんじゃね?撃つ?どうする?いっそ投げる?走ってって殴る?暴力よくない?じゃあ3回噛んでペッてしてやる。もう愛じゃんソレ。愛ってなに?しらないけど、雪によく似てるって噂だよ。そっか、雪か。



なにを言いたいかなんて、瞬間ずつで変わっていくから、桶屋は儲かるんでしょうか。あっちこちで、水がこぼれてる。じゃあもういっそ、棺桶で。



たのしいのが、いいよね。




ヘルダーリン



おだやかすぎるような、正午。


早起きの恋人をいつもどおりにみおくって、もうひと眠りしようかとベッドにもぐったけれど、頭がさえてしまって、煙草に火をつけた。



掃除、洗濯、

お昼ごはんにはあったかいお蕎麦。

物置きと化しているソファの裏を覗きこんだら、エフェクターの空箱、くしゃくしゃのトートバッグ、落書きして丸めた紙、いろ、いろ。バスタオルとシャツとカーディガンが一緒くたになってでてきて、猫なの?と笑ってしまった。真冬のあたたかい日に、夏のうたをききながら。



ことばにならない感情が、たくさんあって、ふいにこぼれる。はみだす。できごとはおきつづけるから、必然とか運命とか、そういうことばにされることもある。することもある。

だけど、だいじなもんはだいじで、つづけたい、つづけようって、そういうのが重なっていって、交差して、



なにより、あったかいお蕎麦にのっけた卵に、もしかしたらあたった可能性をひしひしと感じている腹、なう。




めげずに、いきましょ。

こんなことも、ある。





気がついてしまった。その瞬間、ぺたりと全身にへばりついていた薄皮が剥けるような、わたしを囲い覆っていた殻か壁か、何かが、ガラガラと音を立てて崩れたような感覚がした。


すこしの恐怖と、安堵。

だから、だったのか、しばらく、靄のかかっていた頭が、晴れたようで、でもなんだか、ゆらゆらしている。自問自答して、決めるのがいい。焦らず、たしかなことを、見極めようとし続けよう。



自身に厳しいひとがすきだ。

すき、というよりも、尊敬できる。それは、わたしはわたし自身に、そうありたいとおもっていると同時に、むつかしいことでもあるから、と感じているからだとおもう。

葛藤しているひとは、うつくしいと、やっぱり、かんじているよ。



目には目を、歯には歯を、になってしまうと、もう、ごろごろ、転がっていくのだとおもっていて、なのにハンムラビ的になってしまうことがあって、いやになる。法典は悪くない。わたしがわたしの成分に反するのだとおもう。それで、だけど、でも、どうにもならないものは、ならない。どっちもこっちも。




すこし、もうすこしおちついて景色をみれたとき、やっと、方向を変えるかもしれない。そう、確信にも似た予感がしてる。なにがあってもだいじょうぶだとおもいつづけてるから。

過信か?そんなもの、過ぎてしまえば笑い話にもなるのだろう。という過信。放置したままの傷は膿まずにもう、乾きつつある。



信じていよう、わたしを。

だけどもっと、雪がふればいいのに、