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朝。


言葉がすっかり枯渇している、という表現でしか、いまのわたしを表せない。忙しない盆に、様々な欲求も薄れ、ただ酒を呑み、時折食い、カラカラと笑い、眠り起き、夢さえみないことにも慣れて、まぶたの隙間からもうずっと涙を流していないことに気づいた。



ひさしぶりに、映画を観た。

その作品を勧めてくれた方は、なかなかのロマンチストなのかしらん、なんておもってすこしだけ頬がゆるんで鼻の奥がギュっとなった。

たいてい、雨はいじわるだけれど、あのときの雨はトムで、わたしはすっかりジェリーみたいで。



うすっぺらなものは要らない。

暇つぶし、に付き合う暇など、わたしにはもう無くて、お先も真っ白だし、だからこそ好きな方へ進んでいることだけが、確かなことで。

だけどこれまでもそうじゃなかったか?自らへ問う。わたしは頷く。



日中に外を出歩くことは稀だけれど、先週、偶然の末にした晴れ間の散歩は、すごくきもちがよかった、ということを思い出している。ふしぎなことがおこった。




葛飾北斎の描いた猫たちを、じ、っとみていると、いまにも動きだしそうに感じて身震いしてしまう。



それにしても、迫害じみたものや、嘲笑のようなものたちには、七つの頃にはもうすっかり慣れていましたし、近頃は遂に飽きてしまって。世間様には、やれ子供だ大人だ、男だ女だ、ガイジンだなんだ、と分け隔て指差し嗤うような阿呆がわんさかいるようですが、そんなことばっかり体内から発していたらそのうち顎外れますよ。というのも面倒ですし時間の無駄なので直接には言いませんが。なんでもよくにている。



踊る阿呆に見る阿呆、か。

そうかもね