らんちゅう




朝、だれもいない職場のキッチンで、けむりあそびをしていると妙なきぶんになる。斜めからは暮れかけの西陽、換気扇の回る音と、わたしの呼吸音だけがよくきこえる。時刻は午後4時過ぎ。


緑色した悪魔は、いちばんの厄介者である。存在しないはずのものを心の眼に見せ、いきものを惑わせる。


春のにおいと、死者が纏う空気は似ているとおもう。赤っぽい桜の木の下に横たわるわたしを想像してみると、笑いすらうまれる。


あゝやつぱり、わたしはまた騙されたのかもしれないなあ、と、頬がゆるんだ。腑に落ちる絶望、それは愉快さをも含む。半端な態度を物に表すなら、暴走するペンか、はたまた、万能な消しゴム。



三月二十八日、コマドリの三回忌だった。そう、思い出は、時が経つ程に美化されるものもあり、残酷さを増すものもあり、うっすらと靄のかかったような記憶の中でも、くっきりとしているぶぶんを、なぞって反芻してみたり。
過去があっていまがある。瞬間ずつで、いろんなことに気づいていく。しぜんにうまれてくる感情を、とめられはしない。とめよう、消し去ろうとすればするほど、増していくような。あらゆるものごとが背中合わせなのだと気づく瞬間。



きのう、だいじなともだち二人と、わたしの実家へと出向いた。母は機嫌が良さそうで、よく喋り、お寿司やお菓子をたっぷりと用意し、お茶を淹れてくれた。

四人で丘をのぼるころ、すっかり陽は暮れはじめていて、見下ろした町並みはぼんやり、藍色でさみしくおもえた。

おなじ瞬間は、きっと二度無い。だからいつだってわたしは、いまがたいせつなのだと、よくわかる。
頰ばかりゆるむから、そのうちどっかに落っことしてしまわないだろうか。そんなうれしい心配ごとが増えてしまった。



夏がやってきたら、四年住んだこの部屋を出ようと決めている。同居している亀は、すくすく育ち、彼の個室もまた、新調しないと、

さてこれからどうしようか、予定は未定であり、未定である予定は冒険みたいでちょっとたのしい。



で、どうする?




やぶれかぶれの




頭が朦朧としている。
脳みそが浮腫んでいるかんじ。


生を実感すると死をおもう。どうしてかな、っておもう、わかってるけど、どうしてかな、って、おもう。ちっとも、かなしい感情ではなくて。どうして地球は回ってるのか、みたいな疑問。でも教科書に載ってないことは、ちょっとたのしくて、そのぶん頭がふわつく。


ここ数日間、おさけをのみすぎた。
記憶の曖昧なぶぶんを、拾って、集めて、口に放り込む。あまいなあ、にがいな、っていうの、うれしくて、温度があることが、鼻の奥の方にぎゅっておしよせてくる。ありがと、って、何気ないように過ぎていく日々に、感じる。
伝わるか、伝わらないか、そんなのは、わからないまま、つづいていくことがだいじにだいじになっていって、ベッドからでたくなくなったりするけど、おなかがへって、のどがかわいて、たまらん、ってなって、たいへん。


市川崑監督の映画を、さいきんよくみている。彼の作品は、ビリー・ワイルダーとかヒッチコック作品に通ずるような気がして。たんたんと進むのに、観ている側を飽きさせない、目を離せない。と感じるけれど、たぶんわたしが、ただすきなだけだろうな。なんだってそうだ。他人にとってはくだらないと笑われてしまうことも、誰かにとってはだいじなこと。同調や共感は、さほど重要では無いのだと、さいきんおもう。それぞれの周波数とか、Hz、mT、みたいなものは常に変化しつづけているから、それをどこにどう向けるか、キャッチしようとするか、というのは、自分らしくいる上ではだいじなのかもしれない。コントロール、ということばひとつをとっても、どういう意味合いかなんて人によるのだから。

わたしは話を脱線させるのが得意らしいけれど、ぜんぶ、繋がっているんだな、わたしの中ではね。( そうだ、線路が二股に分かれているぶぶんをみていると、ロマンチックだな、といつもおもうのだけど、頭の引き出しにしまっていたことをおもいだした )




am 11


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さむいけどねむたすぎてソファに沈む。眠っているあいだ、玄関ドアの向こうで、数人の話し声がずっとしていて、なんども脳だけが起きたような気がする。繁華街を出歩くとモスキート音で鼓膜が痛くなるから、壊れたイヤフォンをどうにかしないと発狂して川辺で自害したくなっちゃうかもしれないなあという asobi 、春はまだか、赤と赤と赤の縞々、夏のチョコバーかじったら、自由でいよう、叫ぶも喚くもご自由に、ダンス、ヘッドフォンに耳をあてるアイルランドの少女がうたう、貴方の髪を切らなきゃ、パリの四月、めくらのからす、猫びっこ、あたしをマリアとそう呼んで、あたしをマリアとそう呼んで、あたしをマリアとそう呼んで、あたしをマリアと呼べっていってんだよ、


さいきんきいている音のばらばらを羅列してみたら、部屋のどこかにイヤフォンがあるのをおもいだした。宝さがし、だいすき。時が停まってるような気もするけど、ちゃんと動いてる?よね。これからどこへいこう、




きょうはすごく冷える。
あったかいの、こしらえましょか。




おてあわせ



ハロー、ハロー、


ごきげんいかが?


さいきん、かんがえているのは、世界中の子供たちが食べたお菓子の包み紙を集めたら、どんなにあまい絵が描けるだろうってことだとか、100個の卵から産まれたひよこたちの何匹かは殻の中でつめたい戦争の夢をみたのだろうか、とか、ごみ箱が無ければごみなんてものは存在しなかったかな、とか、食虫花の気持ちだとか、52mlのブードルスをのみほして水中を漂う夢をみたらいいだろうな、とか、そういうこと。そう、いつだって夢ばかりみてる。さめない夢を、ゆめみてる。



しばらくずっと黄色信号だから、どうにでもできるなあとおもう。じ、っと身を据える一頭の桂馬を眺めてる。
摘みまで、あと二手。







うつせみ



夜はいつもたいてい起きているから、うたたねをするとお昼寝したようなかんじ。夜更けに目がさめて、ずっと観たかった映画を3作品、ある劇中にでてきたキューバサンドに、まんまと心臓とお腹が墜落して、キューバじゃないサンドイッチをつくって食べた。

料理はいつでもたのしい。

つぎはなにをつくろうか、ああそうだ、冷蔵庫にレモングラスがあるんだった、じゃあ、頭の中ぐるぐる。どんどん思いついちゃうから、やっぱりあと何個か胃袋がほしい。




あの日から、ちょうど半年。

いろんなことがあったし、あの日は夏で、いまは冬、もうすぐあたたかくなる。コーヒーカップみたいな、メリーゴーランドみたいな、観覧車みたいな、そんな日々。

分かれ道が、たくさんある。

選んで、どんどん歩いてく。


なにか、だいじなことを書き留めようとして、ぜんぶわすれてしまった。今夜のメニュウのことだったような、あの日みたまぼろしのことだったような、明日の天気のことだったような、ひさしぶりに耳にしたブラウンシュガーみたいな声のことだったような、


きょうはなにをつくろう。






もんてかるろ



時間が無い、だけどひま、

まったくそのとおりだ。



けっこう、いろんなことに参ってしまっている、さいきん。

まいにち、眠りにおちては夢をみる。数日前、受話器越しに耳にした声は、よくしっている、なつかしい声だった。待ち合わせは、すれちがって、すれちがって、あえないまま、目がさめた。二日後には、ソファの隣に腰かけていて、きみはかなしそうな顔をしてた。だけど、鋭くてやさしい、眼の色で、

きみは、だれ?

もう、そんなことすら、問題ではないというのに、わたしは質問する。

明晰夢だったなら、きっと、黙りこんでしまっていたのかも。





トランプを手に入れた。

ひとりでいるときに、どんな遊びをするかって、それは、だれにもいわない。わたしの呼吸がもし、1秒後に停まったとしたなら、すべてはあのこに聞けばわかる。




さ、帯締め直して、いきましょか。

そう、時間が無いのだよ。



だけど、背中の後ろに降る雪は、いつでもあたたかい。









4U




ふときづいた。

ある女の子と話していたとき。

わたしたちがことばを交わすとき、ことばを " 視て " いるのかもしれないな、と。

赤色の彼女と、青色のわたし。

何もかもがまるで正反対なわたしたちは、背中合わせでくっついているみたいだ。太陽が顔をだして、月が隠れていくように、星たちが鳥に姿をかえていくように、



何年か越しで気づいた、

二人とも、それぞれの額に傷跡があることを。原因は違う、よく似ている傷。




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そう、ことばを視ているから、気づくことが、たくさんあるのかもしれない。やまないおしゃべりが呼んだ朝に、みた夢は奇妙だった。

凛々しい犬が鼻先でおしえてくれた道の先には、何があったのだろう。




朝から、チキンスウプをつくった。


キッチンからのいい匂い。




また、つぎの夜にね。

おやすみ、スウプ









ドローの確率



コイントスをコントロールできるのは神だけ、そういっていたのは一体だれだったか。もはやそれ自体は問題では無い。


数日前にふと、感じた、

手札が増えていく。

何枚なのかは、わからないけど。



ひさしぶりに、お気に入りの灰皿をテーブルに置いて、煙草に火をつけた。映画を観ながら、片手でグラスのふちを指先でなぞってあそんでいた。ひとくち舐めるたびに、音が変化していく。ひとくち、またひとくち、空っぽになって、また注いで、





くるくるおなじばしょを回っていても、時間の問題で目をまわしてバタン。だから、じぶんに追いつかれないように、じぶんを追い越して、いかなくちゃっておもう。いつのまにか鼻がよくきくようになっちゃってて、だけど犬とかオオカミよりはちゃんときかないやつで、混乱して殻にこもる。だれも割ってはくれないよ?ってきづいて、内側からコツコツ、コツコツ、ひびをいれてまた外に出る。すごくまぶしかったりする。ああ前よりこわい世界になっちゃったなあ、でもやるぞ、って、

そういうのぜんぶ、だいじにしていたい。楽な場所ばかりには居られないのだ。




シュークリームをひとつ、食べた。

あんまり、甘くなかった。



1匹の魚が、泳ぎながら囁く、

「 水族館ではお静かに。」